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宇​和​縞​桔​梗​に​は​じ​め​て​会​っ​た​日

from プ​ロ​グ​ラ​ム​H​ム​ラ​グ​ロ​プ by 大倉玩伍 (OHKURA GYANGO)

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lyrics

「ここだ、早くきたまえ。君の足はカニクリームコロッケでできているのかい?」
 一部屋しか住人のいないマンションへ案内されてから、七分が経過していた。
 エレベーターは故障中、というより、まだ完成していないため不通だった。
 十二階へいくには、階段を使うより他はなく、はじめは妻のように三歩遅れてのぼっていた俺も、十階を越えてからは大きく差をつけられていた。
「はあい」
 かろうじて返答。
 制服の中は熱帯雨林の空気で充満している。シャツに汗がつかないよう、腹をへこませてみたが無駄な努力だった。
 俺の到着を確認した奥田部先輩がノブへ手を伸ばした、そのとき。
「あ、百斗様。失礼しました」と、ひとりの女が出てきた。
 話には聞いていたので、すぐに家政婦だとわかった。
両手で大きな洗面器を抱え、肩で扉を開ける格好をしている。
「どうぞ」
 先輩はドアを支え、やさしく声をかけた。彼女は大げさすぎるほど恐縮した姿勢のまま、俺たちの傍らを通り過ぎていった。
 それとも、あれは洗面器の中身が見えないよう、わざと背を曲げていたのだろうか。
 未練がましそうに目で追っていると。
「海水だよ」
 先輩が教えてくれた。
「桔梗がまた吐いたらしい」
「吐いたって、海水を? どこから?」
「口からさ。時々あいつの喉は、どこかの海とつながってしまうんだ」
 それを聞くなり、俺の口は古井戸のように言葉を失った。
「急ごう。僕たちの足音には気づいているはずだ」
 先輩に促され、廊下を歩く。
 奥からは正真正銘、磯の香りが漂っていた。窓の外は高層ビルが立ち並ぶ大都会だというのに、けったいな話だ。
 どうやら呪いというものは本当に存在するらしい。
 そして、そいつを解くということは、海水を真水へ戻すくらい途方もなく、また自然に背いた行為なのだろう。きっと。
「さあ、急いで。頭がナシゴレンになったのかい?」
「今いきます」
 こうして俺は奥田部先輩の従妹であり、写真部の部長でもある宇和縞桔梗と対面した。
 彼女は緞帳のように重いカーテンを背景に、真っ赤なレザーのソファーへ腰かけていた。
 いや、正確には辛うじて引っかかっていたと言うべきか。
 バルテュスの描いた少女みたいに両足をひろげ、超人的なバランス感覚で全身の体重を支えながら、タヌキ寝入りをしている。
 奥田部先輩はお土産のドーナツを鼻先へつきつけ、こう言った。
「お客さんを連れてきたよ。前に話した山羊くん。新入部員の」
 過酷な呪いを背負いし乙女は薄目を開け、立ちあがった。
 青白い裸足には血管が浮いている。華奢な体で大きく息を吸いながら、よろよろ歩く。
(まるでゾンビだな…)
 失礼を承知でそんな印象を持ってしまった。
 すると彼女は一足飛びに俺のうしろへ回り、平手で思いっきり背中をたたいた。
 平穏な毎日が崩れ落ちる音が聞こえた。
 先輩が言う。
「ごらんのとおり、未発症だけど彼も呪い持ちさ。仲間に入れるには申し分ないだろ?」
 宇和縞桔梗は無言で大きくうなずいた。
 それから黄緑色の眼球でこちらの顔を覗き込み、にっこり笑うと、俺の歯並びを崩壊させる勢いでドーナツを押し込んできた。かための杯にしては、ちと乱暴だ。
 俺は、今胸をしめつけている感情がいかなる類のものなのか、パサパサのオールドファッションを食べ終わるまでに答えを出そうと決めたが無理だった。
 全てを見透かすようなタイミングで手を差し出し、彼女は俺から考える力を奪ったのだ。
「よっ、後輩。遊びにきてくれて嬉しいじぇ」


つづく

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ホシナトオルがでっち上げたレーベル。2014年3月8日自宅にて始動。

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